祝詞に感動、初めての卒業式。
ついに長男が中学校を卒業した。
思えば3年前の3月18日。彼が小学校を卒業するこのタイミングで僕は救急車に乗って病院に運ばれた。そして21日の卒業式が終わってから退院。
この年この日を本当に楽しみにしていたので、この時のショックはかなりでかかった。
昨年の次男の小学校の卒業式の日には、それまで1年間通して皆勤だった四男が熱を出して妻だけが出席。ちなみに四男は低学年でもともと欠席のため皆勤は達成。おい。
そんな事がありながらようやく今年の卒業式の日を迎えることができた。この日のために体調も整えながら、というかちょうど前日が通院日で助かった。
初めて出席した卒業式は昔ながらの厳かな?式だった。
君が代に始まり、卒業証書授与、校長と来賓の話があって、送辞に答辞、歌を歌っておしまい。まあそうか。公立中学校だもんな。こんなもんだ。それでも先生方が一所懸命段取りしてくださったに違いない。ありがとうございます。
自分の時はどうだったろう?と考えるが、果たして保護者が出席したかどうかも定かではないくらい記憶が無い。式そのものは全く記憶が無いが、卒業式が終わった後にいつまでも学校の近くで友達としゃべっていたような記憶はうっすらとある。それくらいだ。まあ40年前のことだからな。
それよりも僕が感動したのは、彼が1年生の時の担任の先生から贈られた祝辞?祝詞(しゅくし)?祝電?だった。
その先生は国語の先生で、非常に文学的な遊び心?が詰まったメッセージが書かれていた。あれを読んで僕はおおいに感動した。さすが国語の先生だと。あれは国語教師で無いと書けないんじゃないかな。
その文章にには、エーミールや戸部君、セリヌンティウス、そしてルントウ、ぐうちゃんなどの名前が登場し実にうまく文章に仕上がっていた。
うまく言えないので、1文だけ書き出すと
『ぐうちゃんが言っていたように『不思議アタマ』をもって、芭蕉のように自身の足を運んで、自分の目で「真実」を確かめて下さい。』
何がすごいってこれ全部、子どもたちの使っている光村図書の教科書に掲載されている物語だということなのよ。つまりは3年間国語を学んでいたら普通に理解できる文章なのだ。
こんな文章が書ける先生が担任で本当に子どもたちは恵まれていたんだなとつくづく思う。僕も祝電を読んで感動したのは初めてだった。
そして改めて、息子よ卒業おめでとう。ここから先の人生は自分の足でしっかりと歩いて、何があっても後悔の無い人生を歩んでくれたらなと願います。
ちょっとあまりにも祝詞に感動して、本当はもっと詳しく書きたかったけどまあ今の時代そんなことも許可をもらわないと書けなくなったんで、興味のある人はお会いした時に。
