田舎へ移住と古民家改修

夢と希望。そして絶望へww

「相生市への古民家移住物語」の目次

残り1ヶ月。そろそろ今年を総括してみる。からのつづき。

前の記事で、京都行きと思いを断ち切ったのは2月と書いたがどうやら3月のようだった。3月15日のFacebookで「おはようございます。3月15日日曜日 2年以上前から迷い悩んできた事のひとつの答えが今日でるかも?」と書いている。何があったのかは覚えていない。とにかくこの日の夜に京都行きを断念したらしい。翌16日のブログでは、「新たなる方向性」として、「次のステージが決定した」と書いてあるので、たぶんこの時、相生の物件がほぼ確定したのだろう。物件が見つかって京都行きを断念したのか、京都行きを断念して物件がみつかったのか、まあどっちもどっちというか、踏ん切りをつけるひとつのきっかけに過ぎないという事だったりもする。

 とにかく2年間迷い、悩み、迷走した。それは、京田辺市にあるシュタイナー学校に子どもたちを通わせてあげたいという事。2012年の暮れにその存在を知り、そこから色々調べて、日本にいくつかあるシュタイナー学校の中でもやはり京田辺の学校がいいなと思い、それからとにかくそこに引っ越したいとずっと願ってきた。ただそこへ移り住むために、住む場所、仕事のこと、学校のこと、色々迷った中でやはり僕から見た京田辺市が都会過ぎた。都会と云う言葉はちょっと違うかもしれない。開発の進むそこは京都まで30分で通えるベットタウン的なまだまだこれから開発の余地を残した街だった。
そこへ住むと云うことをどれだけイメージしてもできなかった。なので、隣接する井手町に住む事も検討したけど、やはり学校の立地があの住宅街ではそれも出来なかった。学校ができた10年以上前はあたりは山と田んぼ、畑だったらしいが、それも今は昔。とにかく今は学校自体が住宅街の中にある。それを除けば素晴らしい学校なのだが。他のシュタイナー学校も考えたがやはりあのシュタイナー建築で建てられた校舎が何よりの魅力でもある。沖縄や北海道と比べても京田辺の学校が良いと思った。

 それでもやはり今の船津より都会の場所へ移り住む事は無理だった。そんな経緯から、ならばとにかく船津より田舎な場所へ引越しをしたいと思い物件を探してみたのが3月ごろのお話。そして、探してみると速攻で見つかったという事実。たぶん、3月15日に大家さんにお会いしてお話をさせていただき、ある程度感触をつかんだのが冒頭の思いを断ち切った経過だと記憶する。
その後、7月には船津の住居とさよならできるという、夢と希望に満ち溢れた4ヶ月ほどの時間を過ごすことになるが、その後また絶望のふちに落とされる(笑)そんな今年の前半の出来事ww

移住のための準備」へ続く
 
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moja
昭和47年生まれ。生まれた時からカープファン。 姫路生まれ姫路育ち。現在は相生市矢野町榊。 パソコン販売・修理・組立、出張サポート、ホームページ制作・WEBデザインなど。 奥さん1人と4男の父 真宗門徒
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